投稿

感動で涙がこぼれ落ちた体験

イメージ
2008年だったろうか

12月の第一日曜日

予定が過密だった。






早朝礼拝のあと

地元の 45分間のラジオ番組に

その日の メインゲストで招かれていた。

オリジナルを5曲歌った。




番組が和やかに爽快に終わったあと

企画をしてくださった方とトラブルが許されて


あなたはキリスト教を続けるなら

音楽はこれ以上出来ませんよと 言われた。

関係者が7人程居られたが

急に雰囲気が不味くなった



私は 折角頂いた信仰を捨てませんと 短く証しをして帰った。





いや、その日は



掛け持ちで  次の場所へ。

午後は

若者の不登校の問題を扱ったフェスのステージで

30分の弾き語りをした。




じわーっと疲れを引きずったまま  ステージに上がってしまったけれど

賛美しながら安らいだ。




その日の若者たちには

神さまを見上げて 下手なギターで オリジナルの5曲を

吟ずるように賛美する


ジョイフルジョイ(私)の

ゴスペルは 受け入れてもらえたらしい。




会場には 1人友人も応援に来てくれて、色々手伝ってくれた。



夜は東京の聖会に出席するのよ。

でも

ちょっとだけお茶しましょう。


ステージの録音を聞かせてもらった。




奇跡が起こっているわねーハレルヤ!

このステージの録音凄い。
(これは個人の感想です)

二人で

会話が のりにのって


あー時間を止められなかった愚かな私。



急いで店を出て友人と別れたけれど



もう東京の聖会には無理な時間になっていた。





自分を責めた。


きょうは 疲れたなーと空を見る。




スタ🌀バのドライブスルーでモカと ついでにかわいいカップを見掛けたので買った。


リボンをつけてもらって

自分にエール。

夜22:00に 帰宅するはずだったので

まだ、たっぷり時間がある。


長く糖尿病を患って重症化して入院中の  Nさんの

病院が近いから 行こうかな 。

病院は 人寂しいもの。
行って そっと座ってゆっくり話ができるのだ。

何でも 静かに 聞いて
相づちを打ってくれる。

信仰のお姉さん。。






ところが

病院の方へ車を向けた途端

白バイが寄ってきて


一時停止しなかったからと

横道に誘導された。


警官がふたり 近づいて来て戸を叩く

だから

どんなに惨めな1日だったか

ふたりのお巡りさんに

落胆した声で 聞いてもらい、慈悲を乞うた。

それでも 書類にサインがほしいのね。


私にとっては 証の時間だわ。

神さま感謝…

希望の光を見た瞬間: グレース

イメージ
楽しかったはずの独身OL時代 (1980年代)に
私は大きな悩みを抱えてしまった。



誘われて 女子10人ほどで  うきうき占いA喫茶店に出かけたが



どうして私だけ こんな悪い言葉を言われるの?



数日後、友人がもう一度、別の  B 喫茶店に 行きたいという。


冷たく断れば良かった。


B 喫茶店に付き添って入ると

私は断ったのに



無理矢理

 嫌な言葉を言い渡されてしまった。


この2度の経験は、 悪すぎて、悔しすぎた。





(クリスチャンではなかった私は、 占いが罪であって
避けるべきものである

という聖書の知識を
知らなかった。

聖書には 占いの霊という
悪霊の記述もある。)


以降 6年ほど  私は実際的に苦しんだ。

結婚直後に2度の病気と手術。

子どもが産まれた喜びと共に

またいつ病気をするのかと恐れが付きまとう、

意気地無しのママだった。



でも この深刻な 悩みは

感謝すべきことに
凡そ 6年で終了した。



なぜなら

 私が 希望の光を見て

キリストの救いを信じたからである。ハレルヤ!



1989年11月に
なっていた。

来日中のルーマニア人
イリエコロアマ氏をメッセンジャーとする聖会に案内された。

聖会で イリエ氏の人生に
驚くばかりだった。




神様は、こんなにはっきりと 生きて働き

この男性に語り、導き、守り、祝福されたという。

難病も癒されたという。
奇跡も。




聖会の後、健康を求めて並んだので

私のためにも祈ってくださった。

預言が 語られた時

その預言の言葉こそが

私にとって 希望の光を見た瞬間だった。




私は 衝撃を受けて
喜びの涙を止められなかった。


( 預言は教会の賜物です。必ず吟味して神様の言葉だけを受けとるもの。)



私は今日

信じようと決心して、罪を悔い改めて

牧師に導いていただいた 救われるための言葉を

信仰告白して

救われた。




6年間  追い迫って私を恐れさせ 苦しめた 悪の言葉の力が

断ち切られて逃げ去った。 恐れがなくなった。



あの日から 病気らしい病気もしないで、

のほほんと30年よ。


平安なこころと体で30年を生きた事だけでも

人生をずいぶん儲けたと思う。

しかし

主イエス様の恵みは それ以上だった。

この後の人生でも

神様の愛の恵みは

永遠に続くと約束されているのだから

イエス様の救いを受けさせて頂いたことを

神様に感謝します。

ハレルヤ!



「…
イメージ
つい数日前、ヒャっとすることを通して

神さまの警告を頂いた。

台所でキッチン挟を

使い易い所に

ねじ釘でぶら下げているのだが

挟みの頭が少しだけ出ていて、



そこに何か当たって落ちて来る事が 

今までもあった。

いつもは

私の足から少し離れた所に落ちていた。




でも


今回は何故か
裸足の私の足のすぐ3センチくらいの所に落ちて来た。


これが私の足の甲を直撃していたら



出血と痛みで動けず、その
まま出血多量で死んでいたかもと思える事態であった。


ぞっとしたのだが、

神の許しなしには何一つ起こら得ないと言う言葉を思い起こして
ひたすら 神様に感謝した。


そしてこのことを通して すべてが有り難く、
嬉しく思えて、、
喜びが、
まだそれは続いている。


GRACEと宝石 リーダー  橋本雅子


PS
ハレルヤ!
リーダー橋本さんの
その喜びを
奪い去る者は      誰もいません。
ハレルヤ!
そして、ハサミは やっぱり
安全な場所に
喜びながら
移動させては
如何でしょうかと
夜な夜な 思い出しました~
🎶
喜び!!
御霊に導かれて歩むなら

信仰宣言:リーダー橋本さん!

イメージ
私は GRACEと宝石のリーダーの橋本です。


私は 数年前、主人が天に召されて

しばらくは落ち込んで少し鬱状態にもなっていた。


その頃、礼拝で牧師が 青年よ!大志を抱け! 老年も大志を抱け! と語られたのである。




その頃  教会で新しく出会った姉妹が 私に、「一緒に賛美隊をやりませんか?」と誘ってくれた。


この姉妹は、歌も上手、一人で賛美隊として 既に立って来た人。

だから最初は取りなし役にまわり、祈りで参加させてもらうつもりだった。

でも この姉妹は一緒に歌うつもり。
本当は私も歌う事は好きなので、確認を取る事にした。


その年の秋、教会からパトモス島に行った時、
それから 翌年の春、
ロサンゼルスへ、感謝と賛美リバイバルキャンプに参加した時に、
賛美奉仕を与えられるという人生初めての経験をした 。



これが 確認となって

 2015年にGRACEと宝石と言う名で  賛美隊として踏み出した。

心も体も一新し晴れやかになり

ここまで用いていただいた事を 
神様と教会、愛すべきチームに感謝している。


確かに 85才の私をリーダーとして 老齢化の女性賛美隊である。


新型コロナ禍のなかで、インターネット SNSという

素晴らしい宣教の武器を使いこなせない弱さも

露呈している。