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希望の光を見た瞬間: グレース

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楽しかったはずの独身OL時代 (1980年代)に 私は大きな悩みを抱えてしまった。 誘われて 女子10人ほどで  うきうき占いA喫茶店に出かけたが どうして私だけ こんな悪い言葉を言われるの? 数日後、友人がもう一度、別の  B 喫茶店に 行きたいという。 冷たく断れば良かった。 B 喫茶店に付き添って入ると 私は断ったのに 無理矢理  嫌な言葉を言い渡されてしまった。 この2度の経験は、 悪すぎて、悔しすぎた。 (クリスチャンではなかった私は、 占いが罪であって 避けるべきものである という聖書の知識を 知らなかった。 聖書には 占いの霊という 悪霊の記述もある。) 以降 6年ほど  私は実際的に苦しんだ。 結婚直後に2度の病気と手術。 子どもが産まれた喜びと共に またいつ病気をするのかと恐れが付きまとう、 意気地無しのママだった。 でも この深刻な 悩みは 感謝すべきことに 凡そ 6年で終了した。 なぜなら  私が 希望の光を見て キリストの救いを信じたからである。ハレルヤ! 1989年11月に なっていた。 来日中のルーマニア人 イリエコロアマ氏をメッセンジャーとする聖会に案内された。 聖会で イリエ氏の人生に 驚くばかりだった。 神様は、こんなにはっきりと 生きて働き この男性に語り、導き、守り、祝福されたという。 難病も癒されたという。 奇跡も。 聖会の後、健康を求めて並んだので 私のためにも祈ってくださった。 預言が 語られた時 その預言の言葉こそが 私にとって 希望の光を見た瞬間だった。 私は 衝撃を受けて 喜びの涙を止められなかった。 ( 預言は教会の賜物です。必ず吟味して神様の言葉だけを受けとるもの。) 私は今日 信じようと決心して、罪を悔い改めて 牧師に導いていただいた 救われるための言葉を 信仰告白して 救われた。 6年間  追い迫って私を恐れさせ 苦しめた 悪の言葉の力が 断ち切...

警告って!?

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数日前、ヒャっとすることを通して 神さまの警告を頂いた。 台所でキッチン挟を 使い易い所に ねじ釘でぶら下げているのだが 挟みの頭が少しだけ出ていて、 そこに何か当たって落ちて来る事が  今までもあった。 いつもは 私の足から少し離れた所に落ちていた。 でも 今回は何故か 裸足の私の足のすぐ3センチくらいの所に落ちて来た。 これが私の足の甲を直撃していたら 出血と痛みで動けず、その まま出血多量で死んでいたかもと思える事態であった。 ぞっとしたのだが、 神の許しなしには何一つ起こら得ないと言う言葉を思い起こして ひたすら 神様に感謝した。 そしてこのことを通して すべてが有り難く、 嬉しく思えて、、 喜びが、 まだそれは続いている。 GRACEと宝石 リーダー  橋本雅子 PS ハレルヤ! リーダー橋本さんの その喜びを 奪い去る者は      誰もいません。 ハレルヤ! そして、ハサミは やっぱり 安全な場所に 喜びながら 移動させては 如何でしょうかと 夜な夜な 思い出しました~ 🎶 喜び!! 御霊に導かれて歩むなら 御霊の実が結ばれるのです ね! ガラテヤ5章22~23 御霊の実は、愛、喜び、 平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制 です。 アーメン!ハレルヤ! 訪問 ありがとうございました! 歌集 安らぎの歌 Jゴスペル 「あなたは大丈夫」 vocal:Hashimoto https://www.instagram.com/p/BuyaZ4iglzH/?igshid=8zh3ov1juw91 「今 主のみ前に」 https://www.instagram.com/p/BvI5u0kARW...

虹の約束🌈 感謝します。

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私は GRACEと宝石のリーダーの橋本です。 私は 数年前、主人が天に召されて しばらくは落ち込んで少し鬱状態にもなっていた。 その頃、礼拝で牧師が 青年よ!大志を抱け! 老年も大志を抱け! と語られたのである。 その頃  教会で新しく出会った姉妹が 私に、「一緒に賛美隊をやりませんか?」と誘ってくれた。 この姉妹は、歌も上手、一人で賛美隊として 既に立って来た人。 だから最初は取りなし役にまわり、祈りで参加させてもらうつもりだった。 でも この姉妹は一緒に歌うつもり。 本当は私も歌う事は好きなので、確認を取る事にした。 その年の秋、教会からパトモス島に行った時、 それから 翌年の春、 ロサンゼルスへ、感謝と賛美リバイバルキャンプに参加した時に、 賛美奉仕を与えられるという人生初めての経験をした 。 これが 確認となって  2015年にGRACEと宝石と言う名で  賛美隊として踏み出した。 心も体も一新し晴れやかになり ここまで用いていただいた事を  神様と教会、愛すべきチームに感謝している。 確かに 85才の私をリーダーとして 老齢化の女性賛美隊である。 新型コロナ禍のなかで、インターネット SNSという 素晴らしい宣教の武器を使いこなせない弱さも 露呈している。 しかし、 このように 身動きがとれないなかで 主に  感謝し 祈ると 「主がお入りようなのです」と 新たに御言葉を頂いた。 (ルカの福音書19:28~44) 神様がくださったみ言葉に感謝し 依り頼み 不信仰を悔い改めて、宣言します。 「GRACEと宝石は これから いよいよ  神の愛と教会の恵みによって 神の素晴らしい栄光を現わし、 そ...

西坂。まるで映画のようだと思った出来事

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1991年12月24日 長崎の義父が危篤という知らせを受けて帰る時 急いで 栃木市の母教会に立ち寄ると 祈りと共に 預言 (※預言は 教会に与えられた聖霊の賜物であり 間違いを含むので 必ず吟味して 神の言葉だけを受けとる) を受けた。 西坂の資料館に入り  26聖人の墓のところで祈りなさい。 神があなたに言葉を下さる。 日本で初めて殉教したクリスチャン 長崎26聖人 の遺骨が納められた その場所には 神様の臨在があるというので  人々が 祈りに押し掛けるけれど、  係りの人に注意されて すぐに 帰されてしまうという心配事項も  貰って。。 私の受洗が1990年。 義父の病気を知らされて 何度か勇気を出して伝道したけれど まだ 義父の信仰告白を聞いていない私は 必死に 祈りながら長崎行きの飛行機に乗った。 そして 翌朝 主は 私を西坂に導いてくださった。これは 奇跡でした。 西坂の 資料館に入って記念碑がある  その場所を見つけて 3才の息子を傍に置いて 祈り、祈った。 きれいなクリスタルのような光が ガラス越しに天から降ってくるように輝いている 4畳ほどの 空間だった。 吸い寄せられるように少し段を登って  靴を脱いで 腰をおろして祈った。 一時間もそこに 居たかもしれない。 まだ救われたばかりだった私は 神様の言葉を語られるというのが分からないので 必死になって とうとう そこに立てられた記念碑を エリコのように回りはじめてみた。 おとなしくそばで遊んでいてくれた息子が 弾けて笑い声を上げながら記念碑 の回りを  あろうことか26聖人の遺骨の納められている天国のような 空間を 楽しそうに走り回って遊びだした。 子供の笑い声と 母と 祈りと聖書 記念碑を見上げても それが神様がくださった言葉だとは気が付かなかった。 目が閉じていた。 もう時間がないと 区切りをつけて資料館から外に出ようとすると 出口に係りの女性がおられて 、不思議な挨拶をしてくださった。 ...